夢があるところに人は集まる

夜中の3時。いつしかこの時間が遅く無いと感じるようになった。夜中は一人の時間だ。一人が好きで、でも本当はすごく寂しがりやで、予定の無い土曜の夜は正直どうしていいか解らない。だから悩む時間に結局なってしまうわけだ。

悩む力はいつか自信を手にいれることになる。

だから、それでいい。

最近、夢をまた見るようになった。でっかい夢だ。できそうにない夢では無い。できそうに無い願いは夢とは呼びがたい。そんな願望はいっぱいありすぎるくらいにある。すぐさまにでも踏んだことの無い海外の土地に行飛んで行きたいとか、本気でまたプロの役者を目指してみたいとか。でも、今の状況でやれないことというものはあり、とりあえずはそれをやることはできない。

革命家になりたい。

だれもやったことの無い事をやりたい。今までは革命家というほどではなかったが、あんまり人がやらなかったことをやってきた。そういう運命にあった。アラスカの小さい島に高校留学したり、英語で演劇をしたり、アラスカで現地ツアーガイドをしたり、アメリカの大学の先生になったり、演劇の先生をしたり、今までやったきたことを全部投げ捨てて帰国したり。すべては夢というもののおかげで動かされてきた。これからもきっとそうだ。

5年後、10年後の自分は何をやっていたいのか?

今までは演劇さえやってればそれでいいと思ってた。僕はきっと自己中心的で、自分を満足させることしか考えていない。それでも今まで生きることができてきた。そんな自分がすぐには変われるとは思わない。だが、前々から薄々気付いていたこたではあるが、佐賀人として日本人として地球人として、僕は社会にもっと貢献したいと思うようなったのだ。演劇でも英語でも人を育てることはできる。だが、目の前のチマチマしたことを5年も10年もやっていくことは出来ない。だから、でっかい仕事を夢にして、世の中をもっと良くするような革命を起こせるような人になりたいと思う。

僕がやるべきことはきっと僕が居なくなっても次の誰かがやってくれるわけだから、本当は僕がやらなくてはならないことなどありえない。やるべきこと、やらなくてはならないことはきっと僕自身が決めることであり、結局は僕はやりたいことなのだ。自分勝手で進むしかない。

だから、走れる自分がいる。

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